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人生とは、幸せのタネをまく旅である。人生を、世界を、自在に旅しよう。

結婚3年目、エリートDINKS夫婦が感じた生活の退屈さ。私達が目指す新しい家族の姿(後半)

こんにちはうさよしです。

※今回はこちらの記事の後編です。前編をまだお読みになっていない方は、是非前編を先に読んで頂く事をお勧めします。

 

都内でそれなりにエリートDINKSとして働いていた私達夫婦でしたが、会社員であることの息苦しさ、日本の夫婦観の呪縛等に息苦しさを感じ、ついに夫がフリーランスとして生きていく決断をしました。
「妻正社員、夫フリーランス」という布陣で、夫婦幸福度を最大化しようと試みたのです。

この決断をするまでには、いろんな葛藤がありましたが、その葛藤は全て「世間の常識と違うことをやろうとしていることに対する恐怖」が根本にあったんですね。

でも、自分達の一度きりの人生、"みんながやっているから自分もこうする"などという理由で思考をストップさせたり、人生の進め方を真剣に考えなかったりすることの方が、よっぽど怖いことなんじゃないかと思うようになったんです。

というわけでこの記事(後編)では、これから私達夫婦がどんな風に生きていきたいか、夫婦として、一個人としてどのような人生を歩んでいきたいかについて、纏めていきたいと思います。どうぞお付き合いください。

 

 

 

一番の目標は、「世間の常識にとらわれず生きていくこと」

 先程も書いたように、人生で一番怖いことは「みんながやっているから自分もこうする、などという理由で思考をストップさせること」だと思います。

人の性格がそれぞれ違うように、何に幸せを感じるかとか、何が得意で不得意なのかとかは、人によって本来全く違うはずですよね。

でも、この国にはいまだに、「幸せの方程式」というのが存在していて、「女ならこうあるべきだ」とか「それでこそ男だ」とか、「夫婦はこうあるべきだ」なんていう暗黙の圧力があるように思います。

この方程式は、私達の意識の底に非常に根深く息づいていますので、その方程式に「あれ、これってなんか違うんじゃないか?」と疑問を持つことすら難しいですし、万が一疑問を持てたとしても、その方程式から外れることは非常にエネルギーが要るので、そうそうみんなが出来ることではありません。

 

それでも私達は、世間が作り出した「幸せの方程式」をぶち壊したかった。日本という国が日に日に変化しているように、この方程式もきっといつか必ず変わっていくと信じたかったんです。

 

子供がいないと家族じゃないなんて嘘

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前編でも書きましたが、私達夫婦は結婚3年が経っても子供には恵まれませんでした。そこにはいろんな理由があるんですが、まあそれは割愛するとして、とにかく今まで痛いくらいに「子供がいてこそ夫婦として一人前」みたいな世間の風潮にさらされて、疲れてしまったんですよね。

でも、家族というのは、人数が何人であっても成立するし、血の繋がりとか付き合いの濃さとか、そういうものは関係ないと思ったんです。
相手の幸せを本気で願えれば、それで家族として完全体。人数が増えることより、想いが深くなっていくことの方がよっぽど大事なことだと感じたんです。

 

30歳手前を迎え、どうしたって女性は妊娠とか出産に意識が向きがちですが、でもそれは権利であって義務ではない。自分と、そして大切な夫の人生を豊かにしていくことが、何より重要なんです。

そうやって思えたからこそ、子供がいない私達夫婦も立派な家族であることに自信を持つことが出来たし、これからもきっと自信を持ち続けられることでしょう。

 

夫の方が年収が高くないといけないという呪縛

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「大黒柱」という言葉は非常に日本的な言葉だと思います。夫が外で稼ぎを得て、妻がそれをやりくりし夫を支える。太くどっしりした一本の柱というのは、確かに一見安定感があるように見えるかもしれませんが、その柱を倒さないように守り続けるには、現代の日本はあまりにも過酷な環境なのではないでしょうか。

であれば、柱が少し細くなったとしても、2本の柱がある方がよっぽど安定していると思いませんか。


ようやく日本でも共働きが主流になって来たとはいえ、それでも今も「夫の方が年収が高くないといけない」という呪縛があるように思います。それはもちろん、女性の働き方がまだまだ男性と同レベルまで達していないというこの国の問題点も背景にあるとは思いますが、能力のある女性が増えてきた今、必ずしも夫の方が多く稼ぐ必要はありません。

「男なのだから、高い収入を稼がないといけない」と、世間の常識に流されて思考をストップさせるのではなく、私達夫婦がそうしたように、それぞれの夫婦にあった役割分担の仕方をすればいい。

 

年収が男性の価値を決める時代はとっくに終わりました。なぜなら、この国ではお金を持っているからと言って幸せになれるわけではないからです。そんなことより、どれだけ一緒に人生を楽しめるかとか、二人でいることでシナジーを発揮できるかとか、そういうことの方が価値が高いと思うんです。

 

一緒に住まなくても夫婦の絆は作れる

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私の夫はフリーランスになったと書きましたが、実は完全なフリーランスではなく、まずは入門編として地域おこし協力隊として活動することにしたんです。つまり、年間2~300万円を国から貰い、そのお金で事業を興していくということですね。

というわけで、私達夫婦はもともと都内に住んでいましたが、これを機に夫だけ協力隊として地方に移住することになりました。でも、周りの人は、夫婦なのに一緒に住まないということに、「え、仲が悪いの?」とか、「これから大丈夫?」と口々に心配してくれました。確かに、表面上は別居ですもんね。「普通は」、わざわざそんなことはしないかもしれない。

 

でも、私達にとっては、一緒に住むかそうでないかは、そこまで大きな問題ではありませんでした。なぜなら、これからの人生、夫婦としての時間はめちゃくちゃあるわけで、この数年一緒にいないと夫婦関係が破綻するような脆い関係ではないはずだし、更には人生の目標や理想もしっかり合致することが出来ている。

夫婦にとって大事なことは、「どれだけ長い時間一緒にいるか」よりも、「どれだけ心が通じ合っているか」「どれだけ同じ方向を向けているか」だと思ったんです。

だから、この別居は私達にとって夫婦の絆が壊れる要因にはならないと考えました。「夫婦なら一緒に住まなければならない」という呪縛にこだわるより、自分たちの人生を考えた時の最適な判断をしたいし、そのために別居が必要になるならば、前向きに受け入れようと思うようにしたんです。

 

人生の目標や楽しみを二人で共鳴しながら作っていきたい

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少し前であれば、夫婦というのは「支えあうもの、癒しあうもの」というどちらかというと「守り」の要素が強かったように思います。仕事で疲れて帰ってきたときの癒しとか、辛い時の支えとかですね。

もちろん、そういう側面も持っていたいとは私も思っていますが、私達はそれ以外にもう一つ、「夫婦で高めあっていきたい」という気持ちがとても強いんです。

自分だけでは思いつかなかった楽しいアイデアや発見が、二人でいることでどんどん見つかり、そしてそれをどんどん膨らませることが出来る。そうやって、今まで想像していなかった方向に人生が動き出したり、それを手探りで進んで行くことこそが、1人ではなく、2人で生きることを選んだことの醍醐味だと思うんですよね。

「この人のお陰で、人生の視野が拓けた」とか、「思いもよらないところに自分の長所を見つけられた」とか、そういう発見やサプライズがたくさんある夫婦でありたいと思うんです。

そして、そんな風にお互い刺激しあいながら、共に人生の目標や楽しみを見つけ、それに向かって進んでいきたいと思うんです。

 

まとめ(後編)

いかがでしたでしょうか。
夫婦の在り方が多様化してきた現在において、「女は、男は、夫婦はこうあるべきだ」という固定概念はもう古いのではないかと思うんです。

新しい1歩を踏み出した私達の決断や考えが、この記事を読んで下さったあなたの心に響き、少しでも背中を押すことが出来ていれば嬉しく思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。この記事が面白い!と思った方は、是非ブックマークやSNSでのシェアをお願い致します。

 

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