幸せのタネは自分でまこう。

TANEBI

アラサーが旅と美容を中心に人生を満喫するブログ。

結婚3年目、エリートDINKS夫婦が感じた生活の退屈さ。そして夫婦は新たな形へ。(前編)

こんにちはうさよしです。

今や日本の社会や経済は大きく変わり、生き方や働き方も従来の「当たり前」が通用しなくなってきていますよね。

私は東京都内でOLをしているのですが、20代後半で結婚し、今年で結婚3年目を迎えるアラサー世代です。

 

今は子供もおらず結婚前と変わらずフルタイムで働いているので、私達夫婦はいわゆる「DINKS(=Double Income No Kids、子供を持たない夫婦の呼び名)」として生活していたのですが、これがもう生きづらくて生きづらくて
その生きづらさが限界点を突破しちゃったので、いっそのことこんな生活やめちまえ!!ということで新しい生き方への一歩を踏み出しました。

 

というわけで今回は、同じように生き辛さを感じているDINKSの皆さん、いやむしろ結婚しているとかしていないとか関係なく、今の生き方に息苦しさを感じている同世代の皆さんに向け、私達夫婦が感じていた窮屈さや退屈さの正体を解明していくと共に、私達夫婦が歩もうとしている新しい道について書いていきたいと思います。どうぞお付き合いください。

 

 


「20代で世帯年収1200万 」それでも幸せを感じることは出来なかった

 自分で言うのもあれですが、私達夫婦は世間的に見たらかなり恵まれた環境にいさせてもらっていると思っています。
夫婦それぞれ名の知れた大企業に勤め、20代にして夫婦共々年収は600万円超えでしたので、世帯年収は1200万円程度。どう考えても平均よりも収入は高い。
確かに経済的な豊かさはありましたが、それでも精神的な自由とか、豊かさを感じることは出来なかったように思います。それはなぜでしょうか。


兵隊であることを求められる大企業

f:id:usayoshi:20180717215851j:plain

日本の大企業の多くは、大きな組織の中の歯車の一つとして活躍することを従業員に求められています。会社が望む役割をすることを求められるということは、いわば「会社員は従順な兵隊であれ」とメッセージなわけですね。そして、兵隊として従順に会社に奉仕したことに対して、給料という対価が支払われるというのが、サラリーマンの給与体系の仕組みです。

 でも、私達夫婦は、この仕組みにとんでもない違和感を感じていました。替えがきく、言わば「誰でも出来る」ようにプログラミングされた会社員という仕組みの中に収まり続けていること、そして、毎日与えられた仕事をこなしていくことが求められている会社員という働き方を選ぶことが、一度きりの人生を生きる中で、果たして幸せと言えるのか。それも、仲良く夫婦揃って二人で。そのことに、夫婦共々切なさとやるせなさ、そして大きな疑問を抱いていたのです。

 

奪われた消費の自由

都心の大手企業に勤めるリッチなサラリーマンというのは、まあとにかくお金がかかります。

旧態依然とした大企業特有の飲み会文化は今でも蔓延しており、単価の高い都心での飲み会が週に何度も開催される。

 

土日も付き合いでゴルフをしたり上司の家に遊びに行ったり、大して仲良くもないのに結婚披露宴に呼ばれたり、まあとにかく出費が多いんです。

確かに年収は高かったかもしれませんが、夫に至っては月の収入の半分が望まない交際費に消えていくこともしばしば。
やりたくもない仕事を我慢して週5日の勤務をやり過ごし、そこでやっと得た給料のうちの半分は望まない方法で消えていく。

 

更には、忙しい仕事をやり過ごす為にはそれなりの家賃を払ってでも会社付近の都内のマンションに住む必要がありました。
都心で二人で快適に暮らしていく為には、家賃は月15万円近くかかります。年間に換算すると実に200万円弱です。

 

望まない交際費、そして異様に高い都心生活の固定費。本当は誰だってそんなもの支払いたくないに決まっていますが、これらはとにかく「高収入サラリーマン」を続けていくための必要経費であり、
その経費に対して修正や見直しをする余地も与えられず、まるでサイフに穴が開いているかのように自動的な支出として消えていく。
これはもはや、都心でリッチなサラリーマンを続けていくための代償ともいえるでしょう。

 

でも私達は、この状況がどうも耐えられなかったのです。世帯年収が高いとはいえ、私達夫婦が本当に自由に使えるお金というのは体感で可処分所得の半分くらいだったのではないかと思います。

この、「消費の自由」が奪われた状態は、私達夫婦を暗い気持ちにさせ、思考を窮屈にさせました。都心でのDINKS生活を退屈なものと感じさせるのには十分すぎるものだったのです。


二人でいるのにシナジーを発揮できないもどかしさ

私達夫婦は、もともと非常に趣味の合う夫婦でした。男女の感情ももちろんありますが、「一番仲のいい親友」としての側面も持っていたのです。

もともと私は、ハンドメイドでジュエリーを作ったり文章を書くのが好きでしたし、夫もDIYが好きだったりと、共にものづくりが好きな夫婦でした。
また、どこかに二人で出かけて美味しい食事をしたりする時も、単純に「これ、美味しいね」といった会話ではなく、「これ、調味料は○○と××を使っているね。今度家で作ってみよう」と、どこか実利的な会話をするような夫婦でした。

家のインテリア一つとっても、私のあいまいな発想やアイデアを夫が具現化し、逆に夫の堅実なそろばん勘定に私が一ひねりアレンジを加えるといった具合に、二人でいると一人では思い浮かばない「生活の知恵」や「起業アイデア」みたいなものがどんどん出てきて、まさにこれが「夫婦のシナジー」を発揮できている状況なんだなあ、と思うことが良くありました。そしてこれこそが、結婚の醍醐味だなあと感じることが出来ていたんです。

 

とにかく私達夫婦は、どちらとも実利的なことが大好きで、発想次第で自分たちの生活や社会全体をよりよくしていく、みたいなことを考えるが大好きだったんだと思います。

でも、この「夫婦のシナジー」は、仕事では全く生かすことが出来なかった。別の会社に勤める私達は、お互いが会社員として働いている姿は見ることが出来ないし、そもそも会社員である以上、「個人の発想でより仕事を面白くしていく」みたいなことは会社からすれば煙たがられるだけ。

 

夫婦二人でよく話す、「このビジネスは面白いね」とか「これはこれからきっと流行るね」などと言った会話も、同時に湧き上がるわくわくとしたあの感情も、大企業のサラリーマンをやっている以上、仕事で味わうことは出来なかったんです。

その憂鬱は、いつしか私達夫婦を飲みこみ、何とか生活の充実感を得たい一心で、仕事以外の限られたプライベートの時間に焦るようにDIYをしたり、「仕事以外にも何かしなくては。副業をしたい」という衝動に駆られていたのでした。

 

いつか子供を持つことが当然、という世間の色眼鏡

私たちを追い詰めていたものがもう一つあります。4番目に書きましたが、実はこれが私達を苦しめていた最大の敵かもしれません。

それは、はまだDINKSだけど、まだ若いんだし、これからきっと子供を作るのよね?」という周りからの無言の圧力でした。

確かに私たちは若いし、男女の営みが無いわけでもなかったけれど、子供をつくるために結婚したわけでもありませんでした。
というかむしろ、子供を持つことよりも、自分たちの人生を充実させることを優先させたいという気持ちが人より強かったように思います。

それなのに「結婚したんだから、そりゃ当然、ねえ」みたいな世間の風潮にがんがんにさらされることが、わずらわしくて仕方なかったんです。

 

二人で楽しく生きていくために結婚をしたはずなのに、世間からは「結婚=子供を作る」という昔ながらの方程式を突き付けられ、
子供のいないDINKSである状態があたかも「夫婦として不完全な姿」であるかのように扱われました。

職場でも、「まあでも、お二人はお子さんがまだだからねぇ」などと言った、まるで「子供を持ってこそ正式な夫婦」とでも言いたげな言葉を浴びせられ、
そのことに疑問と違和感を感じたことを覚えています。

既婚者が進むべき人生の道は、「子供を持つこと」しかないのか。それ以外の道は、世間からしたら全てアウトローなのか。
結婚したとたんに、急に人生の可能性が狭まったような気がして、とても窮屈で息苦しい思いをしていたのでした。

 

もういやだ、限界だと思った。そこで旦那が一歩踏み出すことに

「大黒柱」なんてそもそもいない

f:id:usayoshi:20180717215900j:plain

そんなこんなで、私達夫婦は都心でDINKS世帯を続けていくことに閉塞感を感じ、今の状況を変えたいと思いました。

もちろん世間的にすぐに思い浮かぶであろうことは、妻である私の転職かと思います。
ですが、私達夫婦は、私が正社員としてそのまま働き続け、代わりに夫がフリーランスとして働くという形を選択しました。

それは、事務職として働く私の方が会社に従事する時間が少なかったことや、転勤リスクもなかったことが大きな要因です。要するに私の方が「時間的・精神的に会社に拘束されない働き方」だったということです。

もちろん、総合職としてバリバリ働く夫の方が給料は多かったのですが、その分、会社からの拘束は半端じゃなかった。飲み会も断りずらいし、残業だって多いし、転勤だってある。

というわけで、たとえ給料的な面では不利だったとしても、それ以外の満足度・自由度といった「総合的な幸福度」を考えた結果、私が正社員として会社に勤め続け、代わりに思い切って夫が会社を辞めるという決断をしたのです。

 

この決断は、ともすると世間ではびっくりされるものかもしれません。だって、「家庭の大黒柱は夫」というのが世間の常識ですし、わざわざ年収の高い方が会社を辞めるなんていうリスクのあることは普通しませんからね。

でも、お金があっても幸せになれるわけではないということが身をもって体感できていた私達は、最低限生活できるお金があれば、どっちが会社員を辞めるかということは、大した問題ではないと思うことが出来たのです。 

というか、共働きの家庭では、そもそも二輪操業なのですから、「大黒柱」とかいう概念はそもそもないはずです。
女性の社会進出が進んだ今、必ずしも男性だけがあらゆる犠牲を払って、安定的で大きな稼ぎを得なければいけないわけでもないはず。
女性の方が「そこそこの犠牲でそこそこの稼ぎ」を得ることが出来るのであれば、それを利用しない手はありません。

 

夫婦にとって、経済的自立はもちろん必要なものではありますが、それだけのために生きているわけではありません。お金以外の時間的・精神的自由とか、そういう数値化できない幸福も、私達にとっては必要なものだったんです。


旦那の挑戦に、妻の夢をのせていく

f:id:usayoshi:20180717215908j:plain

先程も述べたように、私はもともとジュエリーを製作したりするのが好きでした。会社員としていわゆる「替えのきく仕事」をすることに侘しさを感じていた私は、「替えのきかない仕事がしたい」という一心で、取り憑かれたようにハンドメイドジュエリー制作に打ち込んでいました。

でも、会社員で働く傍らで細々と活動をしても、それは結局趣味の域を出ませんでした。事業として本気でやっている人に比べたら、私の活動なんてただの「暇なOLのお遊び」程度にしかならないでしょう。

でもそれが、私は悔しかった。周りに何と思われようと、世間から見たら異端だったとしても、自分の色を開花させてエネルギーを爆発させているたくさんの起業家やアーティストを見て、「なぜ私は踏み出せないのか」と悔しかったんです。

とにかく私は限界でした。自分の人間性とかセンスとか、そういうものにある程度の自信のあった私が、会社員として替えのきく平凡な人生を生きている。そのことが、どうも耐えられなかったのです。

 

そこで思いついたのが、この有り余るエネルギーや自己表現欲求を、「夫がフリーランス」という立場を使い開花させようということでした。会社員である私が、会社員でありながら本格的なジュエリー制作をすることは、時間的にも技術的にも難しい。でも、フリーランスとなり自由を手に入れた夫なら、真剣にジュエリー制作に打ち込むことが出来るのではないか。

もがく私の姿をずっと横で見ていた夫は、完全に私と同じことを考えていました。こうして、私の夢であった「自分のジュエリーブランドを持つこと」というのは、いつしか夫婦共通の夢となり、夫が舵を切って船を前に進めていくことになったのです。

もともと、私より行動力があり楽観主義だった夫は、私より脱サラへの恐怖心がなかったのでしょう。そこで、夫の行動力をエンジンに、妻である私の夢を乗せて夫のフリーランス人生がスタートしたのでした。

 

夫の新しいチャレンジに、妻の夢を乗せていく。今までの昭和的な家庭では、「夫の夢を妻が支える」が一般的だったかもしれませんが、男女が平等へと近づいてきた現代においては、必ずしも妻は内助の功であり続ける必要はありません。

妻が経済的安定を保ちつつ、夫が船頭となり夫婦二人で果敢に航海に出る。これぞまさに、新しい夫婦の「協力」の形であり、私達二人が幸せを掴むための最強の布陣であると感じたのです。

 

まとめ(前半)

さて、長くなりましたので、この続きは後半で。後半編では、世間の常識にとらわれず生きていきたい私達夫婦の、私達なりの夫婦論を書いていきたいと思います。どうぞご期待くださいね。

最後までお読み頂きありがとうございます。この記事が面白い!と思った方は、是非ブックマークやSNSでのシェアをお願いします。